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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6448号 判決 1984年10月26日

原告

東名ダイヤモンド工業株式会社

原告

石塚博

右両名訴訟代理人

内山弘

品川澄雄

新長巌

被告

三井物産株式会社

右訴訟代理人

原増司

大場正成

福田親男

平川純子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告東名ダイヤモンド工業株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、金一〇二二万九二〇〇円、原告石塚博(以下「原告石塚」という。)に対し、金五一一万四六〇〇円、及びこれらに対する昭和五〇年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告石塚は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)の特許権者であり、原告会社はその独占的通常実施権者であつて、本件特許権は昭和五四年九月一九日の経過によりその存続期間が満了するまで存続した。

特許番号 第四八〇四四九号

発明の名称 ダイヤモンド焼結体の製造法

出願日 昭和三七年三月三〇日

公告日 昭和三九年九月一九日

登録日 昭和四一年八月二六日

2  本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「ダイヤモンド粉末とダイヤモンドを溶解する金属粉末とを混合したる後、ダイヤモンドの安定なる温度圧力下で且ダイヤモンドとダイヤモンドを溶解する金属の共晶温度以上の温度で処理することによるダイヤモンドの焼結体を製造する方法」

3  本件発明は物を生産する方法の発明であるところ、本件発明の方法により生産される目的物である「ダイヤモンド焼結体」は、ダイヤモンドを溶解する金属としてコバルトを用いた場合別紙目録記載のとおりであり、物性的には、「その硬度においてはダイヤモンドに匹敵し、且そのじん性は金属によつて与えられダイヤモンドよりも衝撃に強い性質を有」(公報右欄一八ないし二〇行)し、「天然ダイヤモンド結晶の代わりとしてバイト、ダイス、ビット、ドレッサーとして使用することができる」(同二一行ないし二三行)ものである。

このような「ダイヤモンド焼結体」は、本件発明の特許出願前に日本国内において公然知られたものではなかつた。

被告は、人工ダイヤモンドの合成法によつて得られる反応生成物が本件発明の右目的物と同一であると主張するが、前者は、ダイヤモンド粒子(及び黒鉛)が触媒金属中に疎に散在しているにすぎず、また、ダイヤモンド工具として必要とされる硬度及びじん性を有しないものであつて、後者とその構造性質が異なることが明らかである。

4  被告は、昭和四八年一〇月から昭和五〇年五月までの間に、米国ゼネラル・エレクトリック・コンパニー(以下「GE社」という。)から、商品名を「コンパックス」という物品(以下「コンパックス」という。)を輸入し、これを販売した。

5  コンパックスは、ダイヤモンド層とタングステン・カーバイト基盤層の二層が一体的に結合したものであり、そのダイヤモンド層は別紙目録記載の構造を有する。

6  したがつて、コンパックスのダイヤモンド層は、本件発明の方法により生産される目的物と同一の物であるから、本件発明の方法により生産したものと推定される。よつて、被告の前記4の行為は、本件特許権を侵害するものである。

7  被告の前記期間中におけるコンパックスの輸入額は五一一四万六〇〇〇円であり、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、その一〇パーセントの五一一万四六〇〇円を下らないから、原告石塚は、被告の前記4の侵害行為により、右同額の損害を受けた。

また、原告会社は、昭和四八年終りごろから昭和五〇年五月までの間、本件発明の方法により製造されたダイヤモンド焼結体を販売しており、その販売利益は販売価額の約二〇パーセントであるから、被告の前記4の行為により、少なくとも一〇二二万九二〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

8  よつて、原告らは、被告に対し、それぞれ右損害金及びこれに対する侵害行為の後である昭和五〇年八月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、原告会社が本件特許権の独占的通常実施権者であつたことは不知、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3中、本件発明の目的物である「ダイヤモンド焼結体」が、ダイヤモンドを溶解する金属としてコバルトを用いた場合、別紙目録の後半に記載された「ダイヤモンド粒子相互間に存する間隙にはコバルトが介在している構造のダイヤモンド粒子の塊」であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件発明の方法により生産される目的物である「ダイヤモンド焼結体」は、本件明細書において「ダイヤモンドをダイヤモンドを溶解する金属を結合剤としたダイヤモンド焼結体」(公報左欄下から一二ないし一〇行)と定義され、その状態は、「金属はダイヤモンド間に薄い金属膜状となり冷却固体するときはダイヤモンドの結合剤の作用をなし」(公報右欄一一、一二行)と説明され、「ダイヤモンドと金属の関係はあたかも超硬合金(例えばタングステン・カーバイド)を焼結する際のCo、Ni等と同様の作用をする。」(公報右欄一三ないし一五行)と更に説明が付加されている。つまり焼結された超硬合金とコバルトの結合関係が焼結されたダイヤモンドとコバルトの結合関係に匹敵するというのである。ここには、どこにもダイヤモンド粒子とダイヤモンド粒子の直接結合の構造は示されておらず、それを示唆する記載さえなく、このダイヤモンドの直接結合構造を得るために有用な技術は何一つ記載されていない。本件明細書からみるかぎり、本件発明の方法によつて生産される目的物は、ダイヤモンドが金属成分の層に囲まれ、ダイヤモンド粒子とダイヤモンド粒子の間は金属膜で隔てられている構造のものに限られ、別紙目録記載のもののようにダイヤモンド粒子が隣接するダイヤモンド粒子と直接結合している構造を有するものは右目的物に含まれない。

本件発明の右目的物は、GE社が金属触媒法により人工ダイヤモンドを合成した際得られた精製処理前の反応生成物と同一であり、右の反応生成物は、GE社が初めて人工ダイヤモンドを製造し、その製法を開示した時点で公知となつたもので、本件発明の特許出願前に日本国内において公然知られていた。

4  同4の事実は認める。

5  同5は否認する。ただし、コンパックスがダイヤモンド層とタングステン・カーバイド基盤層の二層が一体的に結合したものであることは認める。

コンパックスは、タングステン・カーバイトをコバルトで焼き固めたセメンテッド・カーバイドの基礎層とダイヤモンド層が強固に一体化されたものであり、ダイヤモンド層は多数のダイヤモンド粒子が厳密な意味で「焼結」し、全てのダイヤモンド粒子が隣接するダイヤモンド粒子と直接結合して一体をなし、その空間を基盤層のコバルト及び若干のタングステンが流入して埋め、この流入部分がクサビの役をして両層を強固に結合している。

別紙目録は、本件発明の目的物と対比するため、コンパックスのダイヤモンド層のみをとらえて記載しているが、コンパックスは、右に述べたとおり、ダイヤモンド層とタングステン・カーバイド基盤層の双方により成り立つもので、右構造全体がコンパックスにとつて重要な必要不可欠な構成であるから、コンパックスのダイヤモンド層のみを取り上げることは誤りである。

また、ダイヤモンド層のみについての説明としても、コンパックスのダイヤモンド層のダイヤモンド粒子相互間に存する間隙には、コバルト・タングステン・カーバイド合金が介在しているから、タングステン元素の存在を無視している点において、別紙目録は誤りである。

6  同6は否認する。

コンパックスは、全体としても、また、ダイヤモンド層の部分のみをとつてみても、ダイヤモンド粒子相互が直接結合しているという点において、換言すれば、各ダイヤモンド粒子が金属膜で包むように覆われて隔てられているという構造を有していないという点において、本件発明の方法により生産される目的物と全く異なる物である。

右のような構造上の差異により、コンパックスのダイヤモンド層は、本件発明の方法により生産される目的物では得られない強靱性を有し、その性質においても、右目的物と全く異なる物である。

三  抗弁

1  コンパックスは、次の方法(以下「GE方法」という。)によつて生産されたものである。

(1) 金属及び炭化金属を含まないダイヤモンド粉末の層をコバルトで焼き固めたタングステン・カーバイドの基質の上に置き、

(2) 次いで、これらを約五〇ないし七〇キロバールの圧力及び摂氏一四〇〇ないし一六〇〇度の温度の条件に曝す方法

GE方法によれば、ある程度圧力・温度が高まつた後にタングステン・カーバイド層の結合剤たるコバルトが、ダイヤモンド層の間隙に流入し、その間隙を走査することによりダイヤモンドとダイヤモンドの結合を促進し、かつ、タングステン・カーバイド層から流出したコバルトがダイヤモンド層とタングステン・カーバイド層を無数の繊維状のコバルトでつなぐことにより、二つの層が内部的に緊密に結合されることになる。

なお、コンパックスは、GE社の有する複数の発明に基づいて、型により異なつた方法によつて製造されたものであるが、いずれの型に属するものも、GE方法として特定しうる点において共通している。また、特公昭五二―一二一二六の発明は、右複数の発明のうちの一つであるが、同発明の明細書に示されている方法のうち、GE社が実際の生産に用いたのは、全部がダイヤモンド粉末から成る小塊とコバルトで結合した炭化タングステン(タングステン・カーバイド)の大塊とを、鮮明な変わり目を設けて層状に重ねる方法である。

2  GE方法は、本件明細書の特許請求の範囲のうち「ダイヤモンド粉末とダイヤモンドを溶解する金属粉末とを混合したる後」という部分を充足しないものであるから、本件の発明とは全く別異の方法である。

すなわち、GE方法は、コバルトで焼き固めたタングステン・カーバイドの基質を使用するところ、これは粉末ではなく、一つの塊となつた固体であるから、ダイヤモンド粉末を「金属粉末」と混合するものではない。また、GE方法は、ダイヤモンド粉末をセメンテッド・カーバイドの基質に接して配するものであつて、前者の粉末層と後者の塊体が層と層とが隣接するような関係に置かれるだけであるから、ダイヤモンド粉末を金属粉末と「混合」するものでもない。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1及び2は、いずれも否認する。

2  被告の主張するGE方法は、具体性がなく、コンパックスの生産方法の特定として不十分である。特に、被告自身複数の異なつた方法により生産されるものであるというのであるから、特公昭五二―一二一二六の明細書に記載された方法(同発明自体は物の発明である。)をあげるだけでは、コンパックスの製法を開示したことにならない。したがつて、請求の原因6の推定は破れない。

3  被告がコンパックスの一部の製法であるとする特公昭五二―一二一二六の明細書に記載された方法は、次のとおり、本件発明の技術的範囲に属する。

(一) 特公昭五二―一二一二六の明細書によれば、炭化物成形粉末好ましくは炭化タングステン粉末と、コバルト、ニッケル若しくは鉄の中の一種又はそれらを任意に組合せた粉末との混合物から成る大塊と、大部分ないし全部がダイヤモンド粉末からなる小塊とを複数個ずつ充填アセンブリ中に充填し、摂氏一三〇〇度では最小圧力約五〇キロバール、一四〇〇度では同約52.5キロバールの如き高温高圧に曝すと、コバルト等は融解し、かつ、その一部が大塊から小塊中へ移動し、そこでダイヤモンド成長のための触媒(溶媒)として働き、ダイヤモンド結晶材たる焼結ダイヤモンド塊が得られるということとされている。また、右ダイヤモンド粉末の小塊の大きさとしては、厚さが0.012ないし0.5ミリメートルのような例が示されているから、大塊とか小塊とかいつても、その大きさは極めて微小である。

更に、右明細書においては、大塊と小塊を配列するに際しては、炭化物・コバルト粉末混合物からダイヤモンド層への鮮明な変わり目を設ける代わりに、炭化物・コバルト塊とダイヤモンド層との間に遷移層を設けてもよいとされており、また、ダイヤモンド層中に初めから若干の金属粉末が混じつていてもよいものである。したがつて、このような場合には、遷移層又は小塊自体の中において、ダイヤモンド粉末とタングステン等の粉末が混合されている。

(二) 右の方法は、以上のとおり、

(1) ダイヤモンド粉末とダイヤモンドを溶解する金属の粉末とを大塊、小塊として混合した後

(2) ダイヤモンドの安定なる温度圧力下でかつダイヤモンドとダイヤモンドを溶解する金属の共晶温度以上の温度で処理することによる

(3) ダイヤモンドの焼結体を製造する方法であることが明らかである。

(三) したがつて、右方法は、本件発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するものである。

4  被告の主張するGE方法もまた、次のとおり、本件発明の技術的範囲に属する。

(一) 本件発明において、焼結の前工程として、主原料であるダイヤモンド粉末と溶媒金属とを混合することを要件としているのは、多量のダイヤモンド粉末と少量の溶媒金属粉末との物理的位置関係を均一にすることによつて、均一な条件下に反応せしめること、具体的に言えば、すべてのダイヤモンド粒子に対して当該金属の溶媒作用を充分に発揮させることを目的としているにすぎないことは、当業者に自明のことである。

(二) コンパックスのように、厚さ0.5ミリメートル程度の焼結ダイヤモンド層部分を生成させる目的で、溶媒として充分な量のコバルトをその表面全体に平均的に溶出させうるようなコバルト、タングステン・カーバイドの基質を使用することは、溶出コバルトとその上に位置する薄いダイヤモンド粉末層との関係においては、本件発明にいう「混合」と技術的には全く同一のものであつて、差異があるとしても設計上の微差という程度にすぎないものである。

また、右のように、基質に余分なコバルトがあり、そこから焼結に必要な充分の量のコバルトが得られる場合には、混合を必要としない場合があることは、自然の理である。しかし、この場合に混合を必要としないというのは、実は、右のようなタングステン・カーバイドの基質とダイヤモンド層の配置及びダイヤモンド層の厚さとの関係(コバルトとダイヤモンド層の表面との距離の関係)のもとでは、本件発明が必要条件として規定している「混合」の状態が既に成就されているからにほかならない。したがつて、GE方法においても、本件発明における「混合」の要件は充足されているといえる。

(三) その余の本件発明の要件の充足については、特公昭五二―一二一二六の明細書に記載された方法について述べたのと同様である。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1のうち、原告石塚が本件特許権の特許権者であり、本件特許権が昭和五四年九月一九日まで存続したこと並びに同2及び4は、当事者間に争いがない。

二右争いのない本件明細書の特許請求の範囲の記載と本件発明に係る特許公報によれば、本件発明は、次の二工程を構成要件とする「ダイヤモンドの焼結体を製造する方法」であることが認められる。

第一工程 ダイヤモンド粉末とダイヤモンドを溶解する金属粉末とを混合する。

第二工程 右混合粉末をダイヤモンドの安定なる温度圧力下で、かつ、ダイヤモンドとダイヤモンドを溶解する金属の共晶温度以上の温度で処理する。

右第一工程のダイヤモンド粉末とダイヤモンドを溶解する金属粉末とを混合することについて、<証拠>によれば本件明細書の発明の詳細な説明中に、本件発明の方法についての一般的説明として、「ダイヤモンド粉末(中略)とダイヤモンドを溶解する金属(中略)とを適量なる比にて混合し、適量なる混合器例えばボールミル、ダブルコーンミクサー等にて充分混合したる後」という記載があり、また、本件発明の実施例の説明として、「2〜3μの粒度を有するダイヤモンド粉末と300メッシュのニッケル粉末を重量(比)8:1で混合し、これをボールミルにて24時間混合したるもの1.6gを」という記載があり、右いずれの記載においても、「混合する」とは、ダイヤモンド粉末と右金属粉末とを混合器を用いる等して充分に混ぜ合わせることであると説明していること、他方、右記載の他に本件明細書中には混合する方法について説明した箇所がないことが認められる。右事実によれば、本件発明の第一工程は、ダイヤモンド粉末と右金属粉末とが充分に混り合つた状態になるように操作することを意味すると解するのが正当であり、単に製造装置中に各粉末ごとに層状又は塊状としたものを隣接させ混在させただけでは、右事項を充足するということはできないと認められる。

そして、本件発明の目的物であるダイヤモンド焼結体において、ダイヤモンド粒子の各々がほとんどすべて、少なくともある点又は界面で隣接するダイヤモンド粒子と直接結合しているかどうかは当事者間に争いがあるけれども、ダイヤモンドを溶解する金属としてコバルトを用いた場合、ダイヤモンド粒子相互間に存する間隙にコバルトが介在する構造をとることは少くとも当事者間に争いがなく、<証拠>により認められるところの本件明細書中の「……ダイヤモンドと金属の混合物は加圧及び加熱により気孔率は減少し、且共晶温度以上に加熱されることによつて全体が半熔融状態となり、且ダイヤモンドの一部は混合物たる金属中に熔解され、再折出して結晶する。又金属はダイヤモンド間に薄い金属膜状となり冷却固体するときはダイヤモンドの結合剤の作用をなし、且溶解していたダイヤモンドは析出する。」との記載と前記認定の本件発明の工程順に照らせば、本件発明の目的物においてダイヤモンド粒子相互間に存する間隙にコバルト(ダイヤモンドを溶解する金属)が介在する構造は、右第一工程においてダイヤモンド粉末と充分に混り合つた状態におかれたコバルト粉末が第二工程により加圧加熱されることにより溶融し、次いで冷却し固体化した結果生じたものであることが明らかである。

三一方、被告がGE社から輸入販売したコンパックスがダイヤモンド層とタングステン・カーバイド基盤層の二層が一体的に結合したものであることは当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すれば、コンパックスはタングステン・カーバイドをコバルトを結合材(剤)として焼き固めたセメンテッド・カーバイドの基盤層とダイヤモンド層が強固に一体化されたものであり、そのダイヤモンド層は、多数の微細なダイヤモンド粒子の各々が、すべてあるいはほとんどすべて、少なくともある点又は界面で隣接するダイヤモンド粒子と直接結合して全体として一体をなし、ダイヤモンド粒子相互間に存する間隙には金属成分としてコバルト・タングステン・カーバイド合金が介在している構造を有するものであること、右金属成分中のコバルトとタングステンの含有量からして、このタングステンの含有は、単なる不可避的不純物とは考えられず、コンパックスの製造過程で、コバルトを結合材として焼き固めたタングステン・カーバイド基盤層の上にダイヤモンド粉末の層を重ねて高温高圧下にさらしたときに、右コバルトが溶融し合金化したタングステン・カーバイドを伴つて、高い圧力がかかるタングステン・カーバイド層間隙から、コバルト等の結合材を有しないために比較的圧力が低いダイヤモンド層の間隙に流れ込んだことによるものであると認められ、他に技術的に意味あるものとして説明するに足りる証拠がなく、また、コンパックスが右のとおり強固に一体化した二層構造を有していること、および、コンパックスのダイヤモンド層の厚さが極めて薄いことから技術的にみて、コンパックスの製造方法として右のダイヤモンド層と基盤層をことさら別途に製造し、後にダイヤモンド層を基盤層の上に固着したものとは考えられず、右ダイヤモンド層の形成と、これと基盤層との一体化は一工程で達成されたものと認められる。

2 そして、<証拠>によれば、一九七二年(昭和四七年)にGE社によりコンパックスが製品化され販売され始めるのに先立ち、GE社は、米国において、一九七〇年四月八日出願しその後出願を放棄した出願第二六六六〇号の一部継続出願として一九七一年一二月二七日「機械加工用のダイヤモンド工具」との名称の発明につき特許出願し、この発明につき昭和四六年四月八日わが国において特許出願していること、右特許明細書又は特許公報において、コバルトを結合材として焼き固めたタングステン・カーバイドの基盤層又はタングステン・カーバイドとコバルトからなる炭化物成形粉末塊の上に、ダイヤモンド粉末を重ねて反応容器に仕込み、次いでこれらを約五〇ないし七〇キロバール、摂氏一四〇〇ないし一六〇〇度の高温高圧下に置くことによつて、先にコンパックスの構造として認定したと同じ構造を有するダイヤモンド工具を製造できることが開示されていること、これにより製造されたダイヤモンド工具のダイヤモンド層においてダイヤモンド粒子相互間の間隙に介在しているコバルト・タングステン・カーバイド合金は基盤層のコバルトが反応条件下において溶融してタングステンとともにダイヤモンド層に流入し、冷却されて右間隙に固化したものであり、これによりダイヤモンド層と基盤層とが強固に一体化されているものであることが認められる。

四以上の事実を前提として、これらの事実と<証拠>を総合すれば、昭和四八年から昭和五〇年までを含む過去の期間において、コンパックスは、GE社により、次の方法で製造されたものであることが認定でき、これを覆えすに足る証拠はない。

(一)  コバルトを結合材として焼き固めたタングステン・カーバイドの基盤層の上に金属(あるいは炭化金属)を含まないダイヤモンド粉末の層を重ねて反応容器に仕込み、

(二)  次いで、これらを約五〇ないし七〇キロバール、摂氏一四〇〇ないし一六〇〇度の高温高圧下に置く。

2  前記認定の事実によれば、コンパックスの生産においては、ダイヤモンド粉末をコバルトやタングステン・カーバイドと全く混合していないことが明らかであるから、この点において、コンパックスの生産方法は、前記した本件発明の第一工程を欠くものであつたことが明らかであり、本件発明の技術的範囲に属しないものと認められる。原告が抗弁に対する反論3、4で述べるところは、前示の本件発明の第一工程における「混合」の技術的内容に照らし、いずれも採用できない。

したがつて、本件発明の目的物の新規性、これとコンパックスのダイヤモンド層部分との同一性等その余の争点について原告の主張事実がすべて認められると仮定しても、コンパックスを輸入し、販売する行為が本件特許権を侵害するものと認めることはできない。

原告は、特許法第一〇四条の推定を破るためには、コンパックスの生産方法が右に認定したよりも具体的に特定されなければならないとの趣旨の主張をしているが、本件においては、本件発明の方法により生産される物はダイヤモンド焼結体であるのに対し、コンパックスは、前記三1で述べたように、ダイヤモンド層とタングステン・カーバイドの基盤層が強固に一体化した二層構造の物体であることについて当事者間に争いがなく、ダイヤモンド層の形成と基盤層との一体化が一工程で達成されたものと認められるものであり、したがつて、その生産方法において両者の間に自ら差異があるものとの推認が働く場合であり、また、前記三2で述べたように、コンパックスの製造元であるGE社が、コンパックスの製造方法そのままとさえ解され、その工業的生産に適すると考えられる具体的な実施態様を含む、本件発明の製造方法とは異なる方法につき、特許出願をしており、本件発明の方法によることなくコンパックスを製造しうる技術を有すると判断される場合であるから、このような場合に同条の推定を破るため被告の主張、立証すべきコンパックスの生産方法は、本件発明との対比に必要な程度に特定されれば足り、これを更に細分すれば複数の異なる方法になるとしても、必ずしもそのすべてを明らかにしなければならないものとはいえないというべきである。そして、前記本件発明の構成要件に鑑み、本件発明との対比のためには、右認定の程度にコンパックスの生産方法が特定されれば、一応十分であると認めることができる。右のように対比に必要な程度に特定され、認定された方法が、本件発明の技術的範囲に属さないものであることが認められる以上、同条の推定は当然破れるものと解するのが相当であるから、原告の右主張は採用しない。

四よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

(牧野利秋 川島貴志郎 大橋寛明)

目録

容量にして七〇パーセント以上がダイヤモンドの微細な粒子から成り、該ダイヤモンド粒子の各々がほとんどすべて、少なくともある点又は界面で隣接するダイヤモンド粒子と直接結合しており、ダイヤモンド粒子相互間に存する間隙にはコバルトが介在している構造のダイヤモンド粒子の塊

特許公報昭三九―二〇四八三<省略>

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